
『書くことについて』スティーヴン・キング|下積みの話に勇気をもらい、書き方を3つ学んだ
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スティーヴン・キングの『書くことについて』(小学館文庫)を読みました。書評家の三宅香帆さんが、おすすめの本に挙げていた1冊です。

三宅さんの回で気になるって言ってたやつ。読んでどうだった?

キングさん本人の話に勇気をもらって、書き方を3つ学びました。自分の記事を直した例も書いています。
結論:文章の書き方だけを教える本じゃなかった
どんなときも書き続けてきた姿に、勇気をもらいました。
スティーヴン・キング
書くことについて(小学館文庫)
どんな本か
作家になるまでの「履歴書」から始まります。どこで働きながら書いていたのか、書いたものがどう扱われたのか。そのあとの「書くこととは——」「道具箱」「書くことについて」が技術の話で、語彙・文法・文体の作法が並びます。副詞や受動態は避けたほうがいい、という話もここに出てきます。後書きの「生きることについて」でまたキングさん自身の話に戻り、巻末には推敲の実例とブックリストが付きます。
三宅さんが「非常にストイックな創作論」として挙げているのを見て買いました。読んだのは電子版です。

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この本を知ったのは、この回でした
こんな人におすすめ
- 働きながら、やりたいことを続けている方
- 実るか分からない努力で、心が折れそうな方
- 自分の文章がパッとしないと思っている方
買ってよかったと思ったのは、キングさん本人の話
何度も届いた不採用通知と、働きながら書いていた日々
この本には、原稿が何度も何度も突き返された話が出てきます。キングさんは、壁に打った釘に不採用通知を刺していって、14歳のときには重みで釘が耐えられなくなり、太い釘に打ち替えたと書いています。
大学を出たあとはランドリーで働き、そのあとは学校で英語を教え、夏休みはまたランドリーに戻りました。そのあいだもずっと書いています。暮らしのほうはこんな感じです。
- アパート暮らしのころ、娘さんが中耳炎で熱を出しても、抗生剤を買うお金がなかった
- そのあと移ったトレーラーハウスでは、変速機の壊れた車を直せず、電話も月々の料金が払えないので引いていなかった
そのトレーラーの洗濯室が、『キャリー』を書いた場所です。奥さんからタイプライターを借りて、子ども用の机を膝に載せて打っていました。
どれもキングさんの目線で読めました。それだけで、この本を買って本当によかったと思いました。働きながら夢を追っている方には、この時期の話が響くと思います。

こんなに有名なキングさんでさえ、こういう努力を続けていたんだと知って、自分も頑張ろうと思えました。自分のやりたいことをやり続ける人生って、素敵です。
『キャリー』は、乗り気じゃないまま書き上げた本だった
長編デビュー作の『キャリー』を、キングさんは最初あまり書きたがっていません。理由を4つ挙げています。
- ストーリーに心が動かされなかった
- 主人公をあまり好きになれなかった
- 舞台にも、女の子ばかりの脇役たちにもなじめなかった
- 雑誌に載せられる長さを超えそうで、売れるあてのない中編に何週間も使うことになる
はじめの3ページを書いて、丸めて捨てました。それを奥さんがゴミ箱を空けるときに見つけ、煙草の灰を払い、皺を伸ばして読みます。続きが読みたい、と言われて書き上げた本が、売れました。
気分が乗らなかったり、イメージが湧かなかったりしても、途中で投げ出すのはご法度なのだと分かる話でした。
地べたにしゃがみ込んでシャベルで糞をすくっているとしか思えないような時に、いい仕事をしていることは結構あるものだ。
この部分がすごくいいです。たまには、自分のやっていることに価値を感じなくなってしまうときがあると思います。そんなときに思い出したい言葉です。
2,500ドルの電報から、20万ドルの電話まで
『キャリー』の刊行が決まったことは、電報で知らされます。家に電話が無かったからです。前払い金は2,500ドル。奥さんに教職を辞められるかと聞かれて、この額と先の見えない見込みでは、妻と子ども2人がいるから無理だ、と答えています。とても少ない前払いだったと気づくのは、ずっとあとのことです。
ペーパーバック権が売れたと聞いたのは、1973年5月の母の日です。このときにはアパートに移っていて、電話も引けていました。その日、奥さんと子どもたちは出かけていて、部屋には一人。かかってきた電話は「座っていますか」から始まります。
告げられた額は40万ドル、取り分は20万ドル。聞き間違いだと思って聞き返し、脚から力が抜けて戸口に座り込み、それでも信じられずに数字をもう一度ゆっくり言い直してもらいます。電話を切っても、伝える相手が家にいません。開いていたのは薬局だけで、母の日の贈り物にヘアドライヤーを買います。帰ってきた奥さんに2度説明して、ようやく伝わったとき、奥さんは部屋を見渡して泣き出しました。

苦しい下積みが実った瞬間です。感情移入して、目頭が熱くなりました。
名が売れると、返ってくる言葉が変わる
まだ売れていない頃に書いた「夜の虎」という短編は、投稿先から「われわれ向きではない」と断られています。ただ、断り状にはこうも書き添えられていました。いい出来だ、才能がある、また送ってほしい。
それから十年ほどたって、長篇が何作か売れたあと、古い原稿の箱に埋もれていたこれを見つけます。書きなおして同じ雑誌に再投稿したら、今度は採用されました。
そこから学んだこととしてキングさんが書いているのは、作家として多少なりとも名が売れたら、出版社は「われわれ向きではない」という言葉を使わなくなる、ということでした。厳しい話ですが、断られる側と、断られなくなった側の両方を通った人でないと書けない一文だと思いました。
書けば、必ず誰かにこき下ろされる
あなたが何かを書けば(画家でも、舞踏家でも、彫刻家でも、歌手でも同じだが)、必ず誰かにこき下ろされる。
ここも響きました。表現をすれば批判をされる、でもそれを恐れなくていいと言ってもらえたような感じがします。
この本で学んだ3つ
書き方の話はたくさん出てきますが、今後書くときに意識しようと思っていることは3つです。
平明に、簡潔に書く
語彙については、キングさんは「平明、簡潔を心がけるべし」と言っているだけです。最初に頭に浮かんだものを使ったほうがいい、ためらって別の言葉を選んでも、たいてい最初に思いついた言葉には及ばない、とも書かれています。
読みながら思ったのは、おしゃれな言い回しや難しい表現のせいで、意味が伝わってない場面ってあるよな、ということでした。直感的で素直な表現がいいと受け取っています。
副詞を減らす
同じ「道具箱」の章に「地獄への道は副詞で舗装されている」という一文があります。キングさんが「絶対に許せない」と書いているのは、会話を説明する地の文で副詞を使うことです。必要最小限にとどめるべきで、できることならゼロにしたほうがいい、とあります。たとえば、会話のあとは「凄んだ」でも「吐き捨てた」でもなく、「言った」でいいそうです。
動詞や形容詞を修飾する副詞は、たくさんあっても細かく表現できるだけで、悪いものではないと思っていました。まったく気がついていなかったことに気づかせてもらいました。同じ会話文を、副詞のある形とない形で並べた例を読み比べて、たしかにないほうがいいと分かりました。

聞いたことの記事は、人が言っていたことを説明する地の文が多いので、いまは意識して「言っています」のままにしています。できていないかもしれませんが、気をつけてはいるつもりです。
余計な言葉を削る
余計な言葉を削る、というのもこの本で学んだことの1つです。第2稿は第1稿から1割削る、という目安も出てきます。文章を書きながら「ここを削っても通じるな」と考えるようになりました。
聞いたことの記事で、ある本のタイトルの由来を説明した一文です。
削る前:タイトルは、その官僚が書いた詩の一節だそうです。本人が見てきた空と、その先にあるもの。
削ったあと:タイトルは、その官僚が書いた詩の一節だそうです。見てきた空と、その先にあるもの。
消したのは「本人が」の3文字です。前の文に「その官僚が」と書いてあるので、無くても誰のことか分かります。
こばんの台帳

買ってから読み終わるまでの日付、両方ある。台帳につけたよ。
今回の記録:2026年8月28日、Kindle版を792円で購入。9月13日に読了。購入から16日。
結論:792円で、書くときに気をつけることが3つ分かった。元は取れた。
まとめ:なぜ書くのか
終盤にこう書かれています。
読む者の人生を豊かにし、同時に書く者の人生も豊かにするためだ
キングさんは、動機は人それぞれでいいとしたうえで、「いい加減な気持ちで書くことだけは許されない」とも書いています。「私の人生をより輝かしく、より楽しいものにしてくれる」という表現もあります。
書くことへの思いと真摯な姿勢が伝わってきて、素敵でした。私も、こういうものに全力を捧げる人生を送りたいと思います。
気になったら読んでみてください。
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