三宅香帆・読了 約10分

三宅香帆さんが語る村上春樹の文体|なぜ読みやすい?「ここぞ」で音の数がそろう文章のリズムと、話に出た7冊

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この記事に出てくるもの

7点

文芸評論家の三宅香帆さんが、村上春樹さんの小説の文体はなぜ読みやすいのかを集英社の吉田さんと話した回で、理由に挙げたのは文章のリズムでした。

こばん
こばん

文章のリズムって、考えたことある?

しゅり
しゅり

いえ、なかったです。

三宅さんがリズムについて話していた音の数・語尾・接続詞のことと、話に出た7冊をまとめました。

「ここぞ」という場面で、たいてい同じ音の数がそろう

三宅さんは、村上さんの小説の、あらすじより文体、なかでも文章のリズムが好きだそうです。歌手を好きになるとき、曲より声が好きだったり、リズムの取り方が気持ちよかったりするのと、ほぼ同じだと話していました。三宅さんのチャンネル「三宅書店」の概要欄でも、村上さんの文体は、パスタを茹でるような行動や口癖に注目されがちだけれど、肝はリズム感ではないか、と書いています。パスタは、『ねじまき鳥クロニクル』の書き出しのように主人公がスパゲティーを茹でる場面、口癖は「やれやれ」のことだと思います。

三宅さんの見立てでは、ふつうに文章を書くと、言葉の区切り(下の例では「/」で分けたところ)ごとの音の数は4・7・3のようにばらばらになるけれど、村上さんの文章では、「ここぞ」という場面で、たいてい5・5・5や6・6のように同じ音の数が続く。動画で音の数を数えてみせた村上さんの文章から、2つの一節を並べます。

『ダンス・ダンス・ダンス』|「踊るんだ」で5音が続き、9音が3つ重なる

1つ目は『ダンス・ダンス・ダンス』上巻の台詞で、区切りと音の数はこう並びます。

  • 「おいらの/言って/いることは」:4・3・5で、ふつうのばらばらな数
  • 「わかるかい/踊るんだ」:5・5
  • 「踊り続けるんだ/何故踊るかなんて/考えちゃいけない」:9・9・9
三宅さんなんでこんなことになってるのか全然わかんないんですけど
「

同じ音を続けることによって人は気持ち良くなって読み進めてしまう

」

村上春樹

ダンス・ダンス・ダンス(上)(講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(上)(講談社文庫)

『羊をめぐる冒険』に続く「僕」の物語で、上下巻の上巻です。舞台は1980年代。話は雪の札幌の街から動きだし、東京の渋谷、ハワイのホノルルへと移っていきます。単行本は1988年に出ました。

出版社
講談社
刊行
2004年10月
仕様
文庫・424ページ(上下巻の上)
楽天評価
4.2/5(430件)
値段
定価 ¥880

『ねじまき鳥クロニクル』|3音・4音・5音とそろえて重ね、「こびりついている」で崩す

2つ目は『ねじまき鳥クロニクル』の一節です。

  • 「あざは/僕に/それを」:3・3・3(同じ数が3つ)
  • 「教えている」:6(ここで数が変わる)
  • 「僕は/目を閉じる」:3・5(ここはそろっていない)
  • 「シナモンが/その朝/仕事を/しながら/繰り返し」:4ずつ(同じ数が5つ。シナモンは登場人物の名前)
  • 「聴いていた/音楽の/旋律が/僕の耳」:5ずつ(同じ数が4つ)
  • 最後の「こびりついている」:8で崩す

三宅さんは、3・3・3と来て6になると気持ちいい、ということがあるのかな、と話していました。

村上春樹

ねじまき鳥クロニクル 第1部(新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル 第1部(新潮文庫)

1994年から95年にかけて単行本で出た全3部の長編の、第1部「泥棒かささぎ編」の文庫です。話は東京・世田谷の住宅街に始まり、満州とモンゴルの国境にまで広がっていきます。作品は読売文学賞を受けています。

出版社
新潮社
刊行
1997年9月
仕様
文庫・384ページ
楽天評価
3.9/5(701件)
値段
定価 ¥880

同じ語尾が続いても、接続詞が少なくても読める

音の数に続いて、話は語尾に移ります。三宅さん自身が書くなら、「〜している」が続くと「〜していた」や「〜だった」に語尾を変えたくなるし、「である」が重なってはいけない、とつい思ってしまうそうです。村上さんの場合は、あえて同じ語尾にして同じ音を続けることで、気持ちよさが生まれている、と話していました(上で数えた『ダンス・ダンス・ダンス』の台詞も、「踊るんだ。踊り続けるんだ。」と「〜んだ」で終わる文が続いています)。

吉田さんは、同じ語尾を続けすぎて単調になりそうなところで音の数を変えると、かっこよくなる、そこに黄金比がある感じがする、と返していました。

もう一つ、三宅さんの中では、村上さんと夏目漱石は、「しかし」や「だからと言って」のような接続詞をあまり使わない2大作家。それが気持ちよく、読みにくくもならないそうです。

それぞれの見方

接続詞が少なくても読めるのは

三宅さん

リズムのよさが一因な気がする

自分で書くと、接続詞を入れないと読みにくくて仕方がないので、どうやっているのか本当に分からない。たぶん、リズムがいいから読めてしまう。

吉田さん

英語の文章のリズムに近いのかもしれない

村上さんや漱石については、ある意味、英語の文章のリズムということがよく言われる。英語も、あまり接続詞を入れない。

『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』|村上さん自身が、リズムは大切だと語ったインタビュー集

この接続詞の話のついでに、三宅さんはインタビュー集『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』から、村上さん自身のこんな言葉を紹介していました。

もしその文章にリズムがあれば、人はそれを読み続けるでしょう。でももしリズムがなければ、そうはいかないでしょう。二、三ページ読んだところで飽きてしまいますよ。リズムというのはすごく大切なのです。

——村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』(文春文庫)

村上春樹

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011(文春文庫)

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011(文春文庫)

1997年から2011年までに村上さんが受けたインタビューを集めた本です。「短編小説はどんな風に書けばいいのか」や「書くことは、ちょうど、目覚めながら夢見るようなもの」といった題が並びます。2010年の単行本に、インタビューを加えた文庫です。

出版社
文藝春秋
刊行
2012年9月
仕様
文庫・592ページ
楽天評価
4.1/5(77件)
値段
定価 ¥1,177

三宅さんは自分の本で、リズムをそろえてみたり、わざと悪くしてみたりした

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』|まえがきの書き出しを5・5・5・5に

三宅さんの話では、村上さんの文章の音を数えているうちに、自分も真似したくなった。そこで著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』のまえがきのいちばん最初、「ちくしょう、労働のせいで本が読めない!」を、こだわって5・5・5・5にした。ただ、普通に書くと真似しきれず、それ以降の文章は6・7・6・7のようになってしまう。「ここぞ」という場面のたびに5・5・5・5や4・4・4・4にするのは、自分ではなかなかできない、と話していました。

三宅香帆

なぜ働いていると本が読めなくなるのか(集英社新書)

なぜ働いていると本が読めなくなるのか(集英社新書)

まえがきの題は「本が読めなかったから、会社をやめました」。明治の自己啓発書から2010年代まで、働く人がその時代に何を読んできたかを章ごとにたどり、仕事を続けながら本を楽しむのがなぜ難しくなったのかを考えます。あとがきは「働きながら本を読むコツをお伝えします」。

出版社
集英社
刊行
2024年4月
仕様
新書・288ページ
楽天評価
3.8/5(1,559件)
値段
定価 ¥1,100

『バズる文章教室』|『ダンス・ダンス・ダンス』の一節を、リズムの悪い文に書き直す

『バズる文章教室』でも、三宅さんは村上さんの文章を取り上げ、村上さんが同じ語句を使っていることを紹介しているそうです。同じ語尾を続けるのを、ただ真似すると少し読みにくく、単調にもなるのに、村上さんの文章は抜群のリズム感で、なぜか読みやすくなっている、と話していました。

同じ本の「素人ダンサーバージョン」は、三宅さんの説明では、「踊るんだ」の場面をリズムを変えて書き直したもので、言っていることは同じなのに、とても読みにくくなります。

この本は、加筆修正と新しいコンセプトでの再編集を経て、いまは『文体のひみつ』として出ています。そこでは、上の台詞の「わかるかい/踊るんだ/踊り続けるんだ」のあたりが、こう書き直されています。

おいらが言うことはわかる?

踊ろう。踊り続ける。

——三宅香帆『文体のひみつ』(サンクチュアリ出版) 「村上春樹の音感力」の項より

音の数を比べると、元の「わかるかい/踊るんだ/踊り続けるんだ」は5・5・9、書き直しの「わかる/踊ろう/踊り続ける」は3・4・7で、そろっていた数がばらばらになっています。

動画に映った旧版の『バズる文章教室』も、2026年10月8日の時点で新品が売られていました。

動画に出たもの
『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(2019年・サンクチュアリ出版)
最新版
購入できるもの
加筆修正・再編集した『文体のひみつ』(2025年12月・サンクチュアリ出版)
どちらも同じ著者。どちらの目次にも「5音9音ぶつ切りモデル 村上春樹の音感力」の項があり、サンクチュアリ出版は『文体のひみつ』を、『バズる文章教室』に加筆修正を施し、新たなコンセプトのもとで再編集したものと案内している
購入できる商品の情報

三宅香帆

文体のひみつ なぜあの人の文章はつい読んでしまうのか?

文体のひみつ なぜあの人の文章はつい読んでしまうのか?
購入できる商品の画像

「惹きつける文体」から「記憶に残る文体」までの4章で、作家や作詞家、エッセイストなど、さまざまな書き手の文章の特徴に名前を付けて、読ませる仕組みを解き明かす本です。村上春樹さんの項は2章目にあり、『ダンス・ダンス・ダンス』の一節の音の数を数えています。

出版社
サンクチュアリ出版
刊行
2025年12月
仕様
新書・320ページ
楽天評価
3.7/5(89件)
値段
定価 ¥1,320

AIの「村上春樹風」には無いリズム感。どう身についたかは謎

三宅さんは、『バズる文章教室』でリズムを悪くして書き直した文章を指して、AIに村上さんっぽい文体で頼んだら、こういう文章が出てきそう、と話していました。

それぞれの見方

AIの「村上春樹風」とリズム

吉田さん

AIにはリズムという考え方がない

ChatGPTにお笑いコンビ・オリエンタルラジオのリズムネタ「武勇伝」を作らせたら、リズムを理解せず、いくら指示を出しても全然違うものが出てきた。AIには身体がないから。

三宅さん

ミームっぽい言葉は真似できても、リズム感は無い

「村上春樹さん風に書いてみた」という文章でいちばん思うのは、リズム感がないこと。語尾を続けたり、「僕はやれやれと言った」のような、ミームっぽい言葉を入れたりは真似できても、次を読みたくなる、ページをめくりたくなるリズム感は、AIには無い。自分で書いても無い。

村上さんがどうしてこのリズム感を身につけたのかは結構謎だ、と三宅さんは話していました。

音の並びに気づいたのは、大学生か大学院生のころ

三宅さんがこの音の並びに気づくまでの話は、村上さんの文章のいちばんの良さは読み進めてしまうことだ、と思ったところから始まります。

三宅さん音読したら気持ち良いとかよりも
「

目で読んで気持ち良いみたいなことなんだよな

」

その「目で読んで気持ちいい」が何なのかを考えて、音が並んでいることに気づいたそうです。

しゅり
しゅり

声に出さない文章でもリズムが大事、というのは新たな発見すぎました。

でも、『ダンス・ダンス・ダンス』の「踊るんだ」のところとか、言われてみれば確かに、目だけでも読みやすいです。

三宅さんのおすすめは、エッセイ・初期の短編・長編

動画の最後に三宅さんがすすめていた3冊のうち、長編は上で数えた『ダンス・ダンス・ダンス』です。読みながら「おっ何音だ?」と数えてみてもらえたら、と話していました。

『走ることについて語るときに僕の語ること』|三宅さんいわく、ランニング論も面白いエッセイ

エッセイも文体がいいのでおすすめだそうで、挙げたのは『走ることについて語るときに僕の語ること』。この本では村上さんがランニング論も書いていて、そこも面白いそうです。

村上春樹

走ることについて語るときに僕の語ること(文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること(文春文庫)

走ることを入り口にして、小説を書くことや村上さん自身のことを書いたエッセイです。走り始めたのは、専業の小説家になった1982年。以来、この本を書くまでに、世界のあちこちでトライアスロンやフルマラソンのレースに出てきました。単行本は2007年に出ています。

出版社
文藝春秋
刊行
2010年6月
仕様
文庫・272ページ
楽天評価
4.3/5(491件)
値段
定価 ¥803

『中国行きのスロウ・ボート』|三宅さんが好きな初期の短編から

村上さんの初期の短編もとても好きだそうで、名前が出たのは短編集『中国行きのスロウ・ボート』でした。

村上春樹

中国行きのスロウ・ボート(中公文庫)

中国行きのスロウ・ボート(中公文庫)

1983年に出た、村上さんの初めての短編集です。表題作は、主人公がこれまでに出会った中国人のことを思い出しながら、若いころを振り返っていく話。表題作を含めて7編が入っていて、ほかに「午後の最後の芝生」「カンガルー通信」「シドニーのグリーン・ストリート」などがあります。

出版社
中央公論新社
刊行
1997年4月
仕様
文庫・288ページ
楽天評価
3.8/5(240件)
値段
定価 ¥880
こばんの台帳

今回の記録:三宅香帆さんの動画(16分50秒)を視聴。話に出た7冊を1冊ずつ調べた。 結論:視聴で、村上さんの文章を音の数や語尾のリズムで読む見方を教わった。7冊がどんな本か、いまの値段と買える場所は、そのあとの調べもので分かった。

三宅さんが、村上さんの文体の魅力をめちゃめちゃ分かりやすく語ってくれていて、面白い回だったなと思います。

出どころ(2件)

村上さんの一節は、動画で三宅さんが画面に出した引用(出典の表記つき)と、三宅香帆さんの著書『バズる文章教室』(2019年)・『文体のひみつ』(2025年)での引用によります。文面は3つとも同じです。

「楽天評価」は、楽天ブックスでのレビューの平均点と件数です(2026年10月8日時点)。

三宅香帆さんの村上春樹おすすめ6冊まとめ|何から読む? まずは短編集、ほかに長編・対談集・エッセイ・ノンフィクションも1冊ずつ挙がった

関連記事三宅香帆さんの村上春樹おすすめ6冊まとめ|何から読む? まずは短編集、ほかに長編・対談集・エッセイ・ノンフィクションも1冊ずつ挙がった

同じ三宅さんの、村上さんを何から読むかの回です。

2026-10-08

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